ほつまつたえ


Hotsuma tsutae feelings
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古代の刑罰、「ほつまつたえ」より 

古代の刑罰、「ほつまつたえ」より                ジョンレノ・ホツマ

紀元前の古代日本は立派な司法国家であったことが、「ほつまつたえ」より読みとれますので紹介します。

一つは「くらきね」という「いさなぎ」の弟が亡くなってからの話からです。

「くらきね」は北陸を治めていましたが、亡き後「しらひと」なる者が、ますひと(代官)になりました。勝手な行動が目に余ると訴えられます。
その「しらひと」は、邪魔になった母(さしみめ、「くらきね」の妻)とその子供(くらこ姫)を「こくみ」という者の所へ追い出し、「こくみ」は二人を同時に犯して辱めました。
代官の「かんさひ」はこれを正せずにいるという内容です。詳しくは「ほつまつたえ」の7綾(7章)を参照下さい。
直ちに出頭を命じられ、裁判にかけられ判決が言い渡されます。

「こくみ」に対して
1.君(くらきね)の恩を忘れ、葬送の祭りを怠った罪、百科(ももくら)
2.母の厚情による支援を裏切った罪、二十科(ふそくら)
3.母を犯す罪、百科(ももくら)
4.「おしで」(証文)に対する偽証の罪、百科(ももくら)
5.姫をないがしろにした罪、五十科(いそくら)
罪状全てで、三百七十科を申し渡す

「しらひと」に対して
1.君・母からの恩を忘れた罪、二百科(くら)
2.妻を追い出し流浪させた罪、百科
3.母娘を踏み荒らす(狼藉)罪、五十科
4.賄賂(わいろ)を掴(つか)む罪、六十科
罪状全てで、四百十科


ここで、罰則について、「とほこ」の法というが基になっています。
「とほこ」とは、「と」の導き、「と」の教えのことで両大神が天神から授かったもの、そして、「ほこ」は「さかほこ」(栄桙)を示しています。

具体的には、全天、三百六十度を三百六十科としており、三百六十度を四つに割って、

最初の四つ割の一つ、三百六十度の四分の一、すなわち 九十科で「所を去る」
次に四分の二、百八十度(科)で「流離う」(島流し)
次に四分の三、二百七十度(科)で「人との交わり去る」(追放刑)
四つ割の全て、三百六十度(科)で「命去る」(死刑)と罰則が決められていました。

今回の罪は四つ割(三百六十科:死刑)を越えている
よって、「ほころびと」(死刑)の制裁を加える。「つつが」(牢獄)に入れよと申し渡されました。

後日、「もちこ」という天照神の妃の恩赦により罪が半減され、「ひかわ」(斐伊川、島根県)に流刑の身となります。

また、「そさのお」の時の判決についても、同じ7綾の中にあります。

「そさのお」の罪状が言い渡され、罪状は千科もありました。天の巡りで決められた罪状は三百六十科が死罪ですから、何と死罪の三倍も残忍で、三段死(みきだがれ)という三回死ぬ程の惨い死刑を言い渡しました。

刑が執行され、髪の毛は抜かれ、爪も剥ぎとられようとしていて、まさに殺されようとしていた時です。「むかつ姫」(中宮、せおりつ姫)の申し出が勅使より告げられました。

「うけもの」(倉稲神・うけみたま)に祈ったので「はなこ」の御霊は無事天国へお送りしました。よって「はなこ」殺しの四百科は償われましたので、罪を白紙に戻すようお願
いします。「そさのお」の性格は生まれつきの遺伝です。ですから、本人には罪は無いので牢獄から出してやれないものでしょうか。
「ことのり」(情状酌量を願う減刑要請)を諸神が審議した結果、天の理に背く重罪ではあるが、身内の好しみにより、罪を半減して、「まじわりさる」(追放刑)に処することにしました。

紀元前の日本に、この「とほこ」の法という、公平で分かり易い立派な司法制度があったことに驚きます。
自分の認識では、今の交通違反の反則点数のように、罰則規定が、何点になったらどうなる、というのが、この時既に、法が公けになっていたということになります。

紀元前にすでに文字があったからこそ、こういう記録が残ったわけです。
何と素晴らしい文明国であったかと誇らしく思います。
以上
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by hon-hotsuma | 2011-10-03 10:45 | Comments(0)

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