ほつまつたえ


Hotsuma tsutae feelings
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ほつまエッセイ 操(みさお)の語源考 

ほつまエッセイ 操(みさお)の語源考 2010/3/29 ジョンレノ・ホツマ
ほつまつたゑの35綾(章)に、垂仁天皇のお妃になった「さほ姫」は、実の兄の「さほ彦」に、天下を取ろうと、そそのかされて言いなりにならざるを得なかった。天皇の隙を窺って刺し殺す小刀を兄から持たされ、隠し持っていたが、天皇に全てを話し、自分は焼け死んでしまう話があります。

この部分を何度ともなく読んでいると、この「さほ姫」のことから「みさお:操」を立てるとか、操を尽くすという言葉の語源であるような気がしてきました。

NHKの「街道てくてく旅」に出ていた原田早穂さんが、狭岡神社を紹介していたとき、内容からは、このホツマツタエに出てきた「さほ姫」を祀っていたと直感した記憶がありました。放映内容から、機会があれば是非一度訪れてみたいと思っていました。

うろ覚えだったので、インターネットで確認したら、この原田さんのブログで「早穂」という名前は、この辺りの「佐保山」の紅葉がきれいなので「さほ」とつけられたと知りました。

さらに、先日の読売新聞夕刊(2010/3/25)の旅というコラムに、佐保路(さほじ:奈良の一条通り)や佐保川の名前や風景が出ていました。万葉集にもこの辺りがよく取り上げられているとも書かれていました。
この「さほ姫」のとった行動を後世の人は哀れに思っていたことが浮き彫りのように思えてきました。
まさに、兄に垂仁天皇を殺せと小刀を持たされたが殺しきれなかった「さほ姫」の思いに「みさほ(操)」をたてた事が語り継がれたのではないかと思えます。

昨日のNHKの龍馬伝で坂本龍馬に毒殺を強いられた香川照之演じる岩崎弥太郎の姿を見て「さほ姫」と二重写しに見えました。

なお、この「さほ姫」は古事記、日本書紀にも記載があるようなので、この「みさお」の語源について既に述べている方がいるかもしれませんが、その節はあしからず・・・。


「さほ姫」の記述の詳細については、下記のホツマツタエ本文のひらがな訳と解説(高畠氏訳を参考)をご覧ください。

2. 「さほ姫」を中宮にたて、都は「たまき宮」に移す(35-4~5)

 ふとしきさらぎ(35-4)
さほひめを うちみやにたつ

(「いくめいりひこ」(垂仁天皇)はたまき宮二年目の二月、「さほ姫」を中宮(うちみや)にたてました。(迎い入れました)

にいみやこ うつすまきむき(35-4)
たまきみや(35-5)

新しい都を纒向(まきむき)の地に移し(遷都)「たまき宮」と名付けました。

3. 「さほ姫」が皇子「ほんづわけ」を生む(35-5)

 しはすうむみこ(35-5)
ほんつわけ あえものいわず

十二月に「さほ姫」が生んだ皇子は「ほんづわけ」です。しかしながら、「ほんづわけ」はものを言いませんでした。(声を発しませんでした)

10. 「さほ姫」の兄「さほひこ」が垂仁天皇殺害の計画(35-15~17)

よほなつき つうえはおなえ(35-15)
さほひこが きさきにとふは
あにとおと いつれあつきぞ

たまき宮四年九月(ほつま暦の「つうえ」の月)一日(「おなえ」の日)に「さほひこ」(「さほ姫」の実の兄)が、「さほ姫」に問いました。「妹よ。この兄とお前の天皇(「おと」の「お」は天皇を示す)とどちらの方が好きか?」と突然聞かれました。

きさきつひ あにとこたふに(35-15)

妃(「さほ姫」)は、つい、兄ですと答えてしまいました。

あつらうる なんぢいろもて(35-16)
つかゆれど いろおとろいて
めぐみさる

その答えを聞くや「さほしこ」(「さほ姫」の実の兄)は、お誂え向きだ。汝は色気で今は天皇に仕えているが、色気などは衰えてくれば、天皇のお恵みは去ってしまうだろう。(捨てられてしまう)

 あにながからん(35-16)

この兄との仲は末永く枯れることはない。
天皇の愛は長くは続かない。
(ここで「あに」は「兄」とも取れるし、否定を意味する「あに」にも取れる。)

ねがわくは われとなんぢと(35-16)
みよふまば やすきまくらや(35-17)
たもたんぞ

願わくは、我と汝で天下(王位)を取れば、枕を高くして安心していつまでも良い夢を見られるぞ。
ここでの我は「さほ姫」の実の兄「さほしこ」で、汝は「さほ姫」を言っています。

11. 天皇殺害の紐刀を兄は「さほ姫」に授ける(35-17~19)

 きみをしいせよ(35-17)
わがためと ひぼがたなもて
さづくとき

我がために、天皇を殺してくれと迫り、紐のついた小刀(紐刀)を懐から取り出し強引に授けました。

 あにがこゝろね(35-17)
いさめおも きかぬをしれば(35-18)

この兄の恐ろしい思い込みをいさめようとしましたが、何としても聞き入れないことを知りました。

さほひめの なかごわなゝき
ひもかたな せんかたなくも
そでうちに かくしいさめの
せみなづき(35-19)

「さほ姫」の「なかご」(心の中)では、罪の意識にさいなまれ、怖さにふるえながら紐刀をいわれるまま袖の内に隠し持ちながら、自分の行為を責め続けていた六月でした。蝉が鳴くように心も高ぶっていたことを言っている。

12. 「さほ姫」は殺害を隠しきれないと知り、天皇に全てを話す(35-19~24)

 はつひすべらぎ(35-19)
みゆきして くめたかみやに
ひざまくら

(たまき宮五年六月の)一日、すべらぎ(天皇:垂仁天皇)が「くめ」の高宮に御幸されました。そして、「さほ姫」の膝枕で昼寝をされていました。

 きさきおもえば(35-19)
このときと なんだながるゝ
きみのかほ(35-20)

妃(「さほ姫」)は、兄の命令を果たすのは今だと思ったこの瞬間、涙が止め処もなく流れ出し、君(垂仁天皇)の顔の上に落ちました。

 きみゆめさめて(35-20)
のたまふは いまわがゆめに
いろおろち くびにまとえて
さほのあめ おもてぬらすは
なにのさが(35-21)

そうしたら、君(垂仁天皇)は夢から覚めて、おっしゃいました。
今、私が夢の中で錦色の小蛇(おろち)が、首に纏わりついて「さほ」(麻糸のような細い)雨が降り、私の顔を濡らしたのは、何の前兆だろうか。とお尋ねになりました。(「さほ姫」とかけている)

 きさきこたえて(35-21)
かくしゑず ふしまろひつゝ
あからさま

妃(「さほ姫」)は、もうこれ以上隠し切れないと、泣き伏して畏まって兄の企てを包み隠さず打ち明けました。

 きみのめくみも(35-21)
そむきゑず つぐればあにを
ほろぼせり(35-22)

君(垂仁天皇)の恵(いつくしみ)にも背くことは出来ず、告げれば兄を滅ぼすことになります。

 つげざるときは(35-22)
かたむけん

もし、告げないでいれば、国を傾ける大事になります。

 おそれかなしみ(35-22)
ちのなんだ あにがあつらえ
こゝなりと きみがひるねの
ひざまくら(35-23)

恐ろしくて、悲しくて血の涙を流しました。兄の企てた命令をやるのは、今ここだと一瞬思ったのが、君が昼寝されている膝枕でした。

 もしやくるえる(35-23)
ものあらば たまさかにえる
いざおしと おもえばなんだ
ふくそでに あぶれてみかほ
うるほせり(35-24)

こんな事を考えるのは狂人だと思いましたが、万一の手柄(いざおし)をたてる機会であるかも知れないと思いました。
そう思ったら、申し訳なく涙が出てしまい、袖で拭こうとしましたが拭いきれずに溢れて落ちて、君の顔を濡らしてしまいました。

 ゆめはかならず(35-24)
このこたえ おろちはこれと
ひもかたな だせばすべらぎ
みことのり

君(垂仁天皇)のご覧になった夢は間違いなくこの兄の裏切りのことです。小蛇(おろち)はこれですと紐刀を取り出して見せました。
それを見て、すべらぎ(垂仁天皇)は即座に詔(命令)を発しました。

13. 君(垂仁天皇)は「さほひこ」を討ち取りに(35-24~27)

 ちかがたにある(35-24)
やつなだを めしてさほひこ(35-25)
うたしむる

近県(ちかがた)にいた将軍「やつなだ」に命令して、「さほひこ」を討ち取るよう兵を差し向けました。

 ときにさほひこ(35-25)
いなぎなし かたくふせぎて
くたりゑず

状況の変化を知った「さほしこ」は、そのとき稲城(いなぎ)を作り堅固に防いで、降参しませんでした。
(稲城(いなぎ)とは、屋敷の外側に稲束を積上げて、中からは外が見えるが、外からは矢の攻撃を防ぐ簡単な城構え)

 きさきかなしみ(35-25)
われたとひ よにあるとでも(35-26)
しむかれて なにおもしろと
みこいだき いなぎにいれば

妃(「さほ姫」)は悲しみ、我はたとえ世に生きていたとしても、心は枯れて死んだも同然です。何で生きていて楽しい(面白い)ことがあるものでしょうかと言って、皇子「ほんづわけ」を抱いて稲城に入ってしまいました。

みことのり きさきとみこを(35-26)
だすべしと あれどいださず(35-27)

そこで、君(垂仁天皇)は「さほしこ」に妃と皇子を城から出しなさいと命じました。しかし、命令があっても出しませんでした。

14. 「やつなだ」が火攻めに、妃は皇子を抱いて出てきた(35-27~28)

やつなだが ひぜめになせば(35-27)
きさきまづ みこいだかせて
しろをこえ きみにもふさく

将軍「やつなだ」が、火をつけて火攻めにしました。すると、炎の中から、妃が最初に皇子を抱いて城を越えて出てきて、君に申し上げました。

あにがつみ のがれんために(35-28)
われいれど ともにつみある
ことをしる

兄の罪を何とかかばう(守る・のがれる)ために、私は中に入りました。しかし、私も兄と同じ罪であることを知りました。

15. 妃は自分の後見に「たにはちうし」の娘を願い、焼け死ぬ(35-28~30)

 たとひまかれど(35-28)
みめくみを わすらでのちの
さだめには たにはちうしの(35-29)
めをもがな

たとえ、私が死んでも、君の御恵みは決して忘れません。どうか、私の後見には「たにはちうし」の娘を妃に召されるようお願いします。

 きみがゆるしの(35-29)
あるときに ほのほをこりて
しろくづる

君のお許しが出たとき、炎が噴き上げて城は崩れ落ちました。

 もろびとされば(35-29)
さほひこと きさきもまかる(35-30)

「さほひこ」軍の兵卒が皆逃げ散った後に「さほひこ」と妃は焼け死んでいました。
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by hon-hotsuma | 2010-03-29 11:04 | Comments(0)

ランダムトーク 「ももそ姫、まかる」

ランダムトーク 「ももそ姫、まかる」 藤田 昇   

「ほつまつたゑ」を読んでいくと、普通ではありえない不可解な記述が出てきます。
事実をありのまま書き残すと、代々の汚点になるような場合や、秘密秘伝のように口外出来ない内容について、うまく「夢のお告げ」などを利用して作文されていることに気がつきました。
誇りになるようなことは、非常に分かりやすく、比較的詳しく描写しているのに対して、これらの事柄については簡単にしか触れていなく解釈が難しく感じます。

不思議に思っていた一つに、箸塚古墳の主と思われる「ももそ姫」が亡くなられる時の描写です。

内容は、「おおもの主」(スサノウの子孫)の妻になった「ももそ姫」は、夜しか姿を見せず、昼間は姿を見せない主人の姿を見たいと願ったら、明日「櫛笥(くしげ)」に入っているので見ても驚かないでくれという「神」のお告げがありました。
翌日、「ももそ姫」はこっそり「櫛笥」を覗いたら其処には子蛇の姿を見てびっくりします。

大神は人の姿になり恥をさらしたと言って大空を駆け上がり消え失せてしまいます。そして、「ももそ姫」は恥を付かせてしまったと、箸で自分の御陰(みほど)を突いて自害された。というのが従来の解釈です。

江戸時代に出版された「鐡(鉄)山必要記事」(日本庶民生活資料集第10巻に収録1970年 三一書房)や「風土記世界と鉄王神話:吉野裕著」(1972年三一書房)を読んでみると、誤訳されていたいくつかの「キーワード」に気がつきます。

「子蛇」とは土(鉄分を含んだ土)を強力に燃焼させ、鉄分が溶けて流れ出し、ちょろちょろと生鉄が生まれた瞬間を見たことになります。まさに、新しい生命の誕生を意味しています。
この炉のことを「ほど」と言っており、秘事口述であったようで、最高の機密事項であったようです。新しい生命の誕生する場所から女性の陰部のことを「ほど」といったことにも関連付けられます。

「ほど」は、風穴、通風火床、火処の意味もあります。
また、炉の外側を土でたたき固めたことを保土とも言っており、(ほど)穴、保土(ほど)突という言葉も出てきます。
高殿(たたら)には、火窪(ほど)と称する簡単な炉で木炭と共に強熱して半融して鉄滓を追打ちしてしぼり出す工程が鍛冶(forging)という。とあります。

「はし」という言葉からは、ふつうは食事のときに使う「箸」を連想しますが、「鐡(鉄)山必要記事」には鍛冶屋の使う道具に「箸」の字の胴切り箸、二番切り箸(蟹箸)、胴焼き箸、箸喰い箸、板箸、小箸、頭箸、刃箸、箸摺などが9種類もあり、ここでは炉の鉄をつかむために使われた物と思います。

「くしげ」の「くし」は「櫛」ではなく「串」の事だと考えます。「箸」は2本一組で1膳と言いますが、ばらばらで置かれた状態・総称では「串」と言っていたものと思えるからです。

秘密秘伝の鉄を作る様子が分かってしまうようなことは一切書けなかったのでこのように分かりにくい表現になったものと考えます。

「ももそ姫」が「製鉄炉」という女人禁制の場所に入ったこと、必死の思いで土(砂鉄)を燃やし、溶け流れた鉄が生まれようとしていることに驚き、箸(鉄串)で、出てくる穴(ほど穴)を突いたので、保土が決壊して、一瞬のうちに炉の火が飛び散り焼け死んでしまったのが実際のことではなかったかと推察します。

決して、自分の子宮を箸で突いて自害したわけではなかったことが分かります。

尚、「ももそ姫」は「7代孝霊天皇」と「やまとくにか姫」の間に生まれた三つ子の一人で、後に「10代崇神天皇」暗殺の計画を見抜くなど、功績のあった方です。
以上
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by hon-hotsuma | 2010-03-15 14:57 | Comments(0)

書感 インターネット新世代

e0191707_14552440.jpg書感 インターネット新世代 藤田昇

インターネット新世代 村井純著 岩波新書 2010年1月 ¥760

最近、自宅でPCを毎日覗いて、インターネット無しでは今の生活が考えられなくなった今、便利さを活用してインターネット情報に満足している一方、情報過多がはたして自分に本当に良いものなのか、ちょうどいいタイミングで本書に触れ合いました。

本書のサブタイトルには「社会に深く浸透し、情報基盤となりつつあるインターネット。急激に変わる放送などのメディア、携帯電話など電波による通信技術、広がるクラウドコンピューティングの背景を紹介し、未来をてんぼうする。縦割り社会を横に貫き、すべての分野をつなぐ透明なグローバル空間をどのようにして創造するか。激動する世界の中で、日本の役割は何か。」とあります。

インターネットはU.S.A.で始まってまだ僅か40年、日本でインターネットが動き出してから20年と、つい最近始まったばかりという感覚を改めて認識しました。
前半はハード面の進展状況が詳しく書かれており、後半は世界を取り巻く環境や今後の在り方について書かれています。

安全だが安心できない。というのが高信頼性インターネット社会での心構えとして必要のようです。

「デジタル技術については、非常に危険な落とし穴がある。それは、技術が急激に変わっていくこと。新しいサービスがどんどん出てきて、サービスの内容が変わり、基礎技術そのものも変わっていく。周知して、沢山の人が理解した時には状況が変わっている。」という内容には全くの同感です。

追いかけっこは今後とも続き、ずぅーと付きあって行くことを認識しました。

以上
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by hon-hotsuma | 2010-03-15 14:56 | Comments(0)

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