ほつまつたえ


Hotsuma tsutae feelings
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ランダムトーク 「ももそ姫、御陰を突きまかる」再考

ランダムトーク 「ももそ姫、御陰を突きまかる」再考  ジョンレノ・ホツマ   2010/12/13

「ほつまつたゑ」の記述で不自然に思っていた一つに、「ももそ姫」が亡くなられる時の描写があります。
事実が分かってくるにつれ、ここの記述は素晴らしい書き換えであったことが分かり、編者の感性に深く共鳴しました。

その他にも「ほつまつたゑ」を読んでいくと、不可解な記述が出てきます。私の読解能力不足が大半ですが。
事実をありのまま書き残すと、代々の汚点になるような不名誉な内容や、秘密秘伝のように口外出来ないことや、詳細を言い表せない時などは、多分「夢のお告げ」になったりして、事実のみ簡単に触れているのではないかと気がつきました。
誇りになるようなことは、非常に分かりやすく、比較的詳しく描写しているのに、首をかしげる個所はストレートには言えないので言い方を換えているということが分かってきました。

それにしても、事実としての痕跡を残しているのは素晴らしいことだと思いました。
なぞ解きは読み手の能力を試されているように思えてきました。

さて、ここの内容ですが、当時既に製鉄が行なわれており、その製鉄炉の爆発事故に遭われた「やまとももそ姫」と「大物主」のお二人が亡くなった事実を、物語風に書き綴ったものであろうと理解いたしました。
文中のいくつかのキーワードを組み立てると、高殿(たたら)製鉄での記述とわかりました。
火窪(ほど)と称する簡単な製鉄炉で鉄砂を含んだ土を木炭と共に強熱して融して鉄をとりだす作業です。

今までにも、記紀や風土記を研究された先人の方たちが解かれているように、たたら製鉄の用語の「ほど」は、火窪(ほど)と称する簡単な炉のことで、鉄が生まれ出てくるところという意味があり、一方、女性の「ほど」というのも子供を生みだすところという、新しい生命の誕生する場所のイメージが重なりあっています。
火窪(ほど)の他に、炉の外側を土でたたき固めたことを保土とも言っており、(ほど)穴、保土(ほど)突という言葉も出てきます。また、火処、炉土、風穴、通風火床という文字も当てはめられて使われています。

尚、「ももそ姫」は「7代孝霊天皇」と「やまとくにか姫」の間に生まれた三つ子の一人で、後に「10代崇神天皇」暗殺の計画を見抜くなど、聡明で功績のあった方です。また、神が乗り移り・・・とあるので今でいう透視能力のあった方に思えます。
また、右大臣である大物主は「ソサノウ」の子孫であり、産鉄に関連していたことも理解できます。
先代の大物主のお告げで天皇家が救われてきている重要な方でもあったことが他の綾からも理解できます。

さて、本文の意味するところですが、34綾14~19ページに、以下にひらがな訳と概訳です。

もゝそひめ おほものぬしの(34-14)
つまとなる


「ももそ姫」が「おおものぬし」の妻になりました。
「おおものぬし」は「そさのう」の子孫であり、製鉄業に精通していたことが理解できます。

 よにはきたりて(34-14)
ひるみえず あけなばきみの
みすがたを みんととむれば
かみのつげ(34-15)


どういうわけか、夜になると主は来て、昼間は姿を見せません。姫は明け方に君(主)のお姿を見たいと願い、お帰りになるのを留めようとしたところ神のお告げがありました。というのが原文の解釈です。
ここで、昼間は姿を見せないというのは、たたら製鉄で操業を始めたら三日三晩就ききりで炉の火の様子を見ていなければならない。ここでの「ひる」というのは炉の中で昼間のように明るく燃焼しているが決して炉の中を見るわけにいかない状況を言っていることだと思います。

 こといちじるし(34-15)(こといとじるし)
われあした くしげにいらん
わがすがた なをどろきそと


その願いははっきりわかります(著しい)。
我は明日、櫛笥(くしげ)に入っているので、我が姿を見ても決して驚かないでくれ。と言って消えました。
ここで、「くしげ」とは、たたら製鉄の炉のことを指していたと思います。
江戸時代にまとめられた「鐡(鉄)山必要記事」(日本庶民生活資料集第10巻に収録1970年 三一書房)には番子3代が「くし取りをする」と言う「くし」という言葉も出てきます。

もゝそひめ こゝろあやしく(34-15)
あくるあさ くしげをみれば(34-16)
こへびあり ひめおどろきて
さけびなく


「ももそ姫」は不思議に思い(こころあやしく)、
明くる朝、櫛笥を開けて見ると、そこには小蛇が入っていました。「ももそ姫」は驚いて大声で叫び泣いてしまいました。
ここで、「こへび」というのは、この炉で鉄分を含んだ土を強力に燃焼させ、鉄分が溶けて流れ出し、ちょろちょろと生鉄が生まれた瞬間を見たことになります。

 おほがみはぢて(34-16)
ひとゝなり なんぢしのびず
わがはぢと おほそらふんで(34-17)
みもろやま


大神は大変恥じて、人の姿になって、汝は私の言いつけを守れず、私には取り返しのつかない恥である。と言うやいなや、大空を駆け上がり「みもろ山」(三輪山)に消え失せてしまいました。
ここで「はぢて」は「はじける、破裂する」の意味が隠されています。
なお、「わがはぢ」の「はぢ」は「土師」の意味も隠されているように見えます。更に、製鉄炉が破裂・爆発したのは、最初の炉の築き方が不完全であったことを「恥じ」ていることを言っていると思います。
江戸時代でも不完全な炉の作りや工程で炉の破裂爆発が起こっていたようです。

 ひめあほぎはぢ(34-17)
つきおるに はしにみほどを
つきまかる


ももそ姫は、仰ぎ見ながら、恥をつかせてしまった。
箸で御陰を突いて自害された。

ここで、「はぢ つきおる」の「はぢ」は端の意味ではないでしょうか。つまり、炉の端がひび割れしたのではないかと推測します。

次に「はし」ですが、食事に使う箸ではなく、ここでは鍛冶屋の使う道具である「箸」をいっていると思います。江戸時代にまとめられた「鐡(鉄)山必要記事」(日本庶民生活資料集第10巻に収録1970年 三一書房)には、胴切り箸、二番切り箸(蟹箸)、胴焼き箸、箸喰い箸、板箸、小箸、頭箸、刃箸、箸摺など9種類も載っており、製鉄炉で使う道具であったことがわかります。

その次の「みほど」は「ほど」は、風穴、通風火床、火処の意味もあります。
また、炉の外側を土でたたき固めたことを保土とも言っており、(ほど)穴、保土(ほど)突という言葉も出てきます。

 おいちにうづむ(34-17)
はしづかや(34-18)


太市に埋葬したのが箸塚(現在の箸墓)古墳です。
当初、「ももそ姫」のお墓と思っていましたが、ご主人の「大物主」とお二人が祀られていたのではないかと思うようになりました。

 ひるはひとでに(34-18)
よはかみの おゝさかやまの
いしはこび もろあひつぎて
たごしがて


昼は人力で、夜は神の力で、逢坂山の石を運びました。諸人が並び継いで、次から次へと手渡し(手越し)で石を運びました。

 はかなるのうた(34-18)
おほさかも つきのかおそえ(34-19)
いしむらを たごしにこさば
こしがてんかも


お墓が完成した時の歌。
逢坂も継の顔を添えて(並べて)、石群(いしむら)を手越しに越さば、越(こしらえる)が、天かも。逢坂山の石も次々と手渡しで運べばできるということだ。

以上
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by hon-hotsuma | 2010-12-13 15:17

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