ほつまつたえ


Hotsuma tsutae feelings
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ホツマ・エッセイ 「さくすず」考

ホツマ・エッセイ 「さくすず」考                2011/2/7 藤田 昇


以前から、古代人の寿命が異常に長寿であることに何か腑に落ちないものを感じていました。

そんななか、「ほつまつたゑ」28綾に暦の説明が出てきましたが、その中で暦の基準となっていた「すず」についての記述が本当は何を言っているのか理解できないでいました。

「ほつまつたゑ」にでてくる「すず」には、自分なりに他にも候補がいろいろ思い浮かびますが、まだ確証がないのが現状です。 しかし、暦に使われた「すず」は今回、確証が完全に得られたわけではないですが、解読できたという思いになりました。 

特に「さくすず」を「折く」・「すず」つまり、「すずの木」が枯れるという解釈が今までの一般論として聞いてきましたが、別の意味があるのではないかと感じていました。

1. 「すず」は「竹」を意味している

たまたま、新聞の日曜版の書評欄に「両神の民俗的世界」という本の紹介があったので、読んでいたところ、その本文の中に秩父の方は、笹のことを「すず」と称していたことを知りました。

「すず」という文字が目に入った瞬間、笹から竹が連想され、竹は何年も花を咲かせることはないが、花を咲かした後、枯れるということを子供のころ聞いていたことを思い出しました。
ホツマツタエで言っている「さくすず」とは、どんな種類かわかりませんが、竹が花を咲かせて枯れることを言っていたのだと直感しました。
「折く」(さく、枯れる)と「咲く」は同じことを言っていることがわかりました。

「ほつまつたゑ」の中の暦の説明部分は、理解し難い記述が、「竹」を当てはめると、多くの内容について、つじつまが合うのではないかと思い立ちました。

早速、「竹の世界」室井綽(ひろし)氏著 地人書館 平成5年発行 を手にしたところ、何と、古代、竹の名義という項目に「スズ」と称されていた竹が存在していることを知りました。
簡単な記述ですが、その部分を下記に記します

「スズ」
ネマガリダケ、チシマザサ。和字、鈴竹、篶竹、根曲竹。日本および北朝鮮産、鈴竹は竹の少ない日本中部高山地帯、東北、北海道の生活必需品の連想からきた尊称で、信濃の枕詞「御篶刈る・・・・」も、必需品に対する尊称に外ならない。鈴竹は『利根川国誌』、その他、古文献に散見する。
2. 「ほつまつたゑ」との整合性
2-1 枝と年齢の関係、数え方

「竹の世界」室井綽氏著で驚いたことが、更にありました。

その一つは、枝と年齢の関係です。

枝が生えていく様子が、1年、2年、3年とスケッチ絵で示されており、まさに、この様子を伝えていたと思われます。
木の年輪は切らなければ分かりませんが、竹なら外から見ただけで枝の節を数えて年が分かることを知りました。
「ほつまつたえ」の記述の年の数え方が一致します。当時の古代の人もこの竹の節を見て年数を数えていたと思われます。

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2-2 今の1年間を2年と見ていたことの裏付け

更に、枝と年齢の関係で驚くことに、竹は偽年枝(偽年輪)と呼ばれて、気象条件によって、伸長生長を1年に2回繰り返すということがわかりました。

これは、何を意味するかと言うと、今で言う1年は、竹に年枝(年輪)が二つ印されるため、古代では2年分に数えていたことが、はっきりしたからです。
このことにより、本来の1年が当時は2年になっていたこと考えられます。

今まで古代の人が長寿だったということが、1/2にして考慮し直すことを意味しています。納得のいく年齢になり、現実味を帯びてきます。


2-3 寿命が6万年と異常に長い理由の裏付け

また、竹の開花周期についても「竹の世界」室井綽氏著のなかで、
「日中ともに60年という俗説があるが、モウソウチクで中国から苗を取り寄せてから234年という記録があり、それまでの中国での年数を加算すると60年の5倍か6倍かわからないがとにかく長い。60年という数字は干支の最小公倍数でとにかく長いことを意味している。」
と記載されています。

現在でも誰も竹の実を植えてから成長して花を咲かせて枯れるまで確認した者はいない。つまり、人間の一生の間に見ることが出来ない長さです。非常に長いことを誇張して6万年と称したと思われます。
同じDNAを持っている竹はほぼ同時期に枯れることがあり得ると考えられることもわかりました。だから、何処にも見当たらなかったいというのも納得のいく事実であったと思われます。


以上のように、この暦についての「すず」はどんな竹かは分かりませんが、竹であったことに間違いないものと確信いたしました。

今まで、何となくはっきりしなかったものが解り、今後の解読に弾みがつきました。
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by hon-hotsuma | 2011-02-07 11:18 | Comments(0)

両神の民俗的世界 書感

両神の民俗的世界 埼玉県秩父郡旧両神村小森谷民俗誌 書感 藤田 昇 2011/2/2
埼玉大学文化人類学両神調査会編 せりか書房 2010年11月発行

本書が読売新聞に紹介されたので、杉並区の図書館にリクエストしたところ、すぐに手配していただき、非常にラッキーでした。
内容について私にとって非常にラッキーなものでした。地道で何の変哲のないように一見みえましたが、興味ある調査に満足しました。
当時の状況が実に鮮明に見えてくるような気がしました。

「ほつまつたえ」を多少なりともかじった小生にとって、タイトルの「両神」は当然「ふたかみ」、つまり、「いさなぎ・いさなみ」の二人の神の事を言っていると考えられますが、「りょうがみ」と音読みになっていたことにびっくりしました。

これは、漢字が渡来したときに、本来「ふたかみ」と呼ばれていたことに「両神」という漢字を当てはめ、時代とともに、漢字が一人歩きして「りょうがみ」と呼ばれるようになったものと思われます。
この種の例は他にもいろいろあるのでやむをえないものと思いました。

唯一、本書で残念であったのは、肝心の「両神神社」についてや、その関連を詳しく触れていないことでした。
本書を読んだ後、インターネットで「両神神社」を見たら、「いさなぎ・いさなみ」の他に「やまとたけ」も御祭神であることを知りました。

この「両神神社」の御祭神である「いさなぎ・いさなみ」は、全国行脚され、筑波から富士山の麓の酒折に向かっており、この地を通られたことが充分考えれることに興味を持ちました。
後世になって、「やまとたけ」が「えみし」征伐の帰りに、筑波から(尾瀬片品村の武尊山で国見をした後)、武甲山に用済みになった武器を奉納したことが「ほつまつたえ」の記述より分かっています。この途中にこの両神山を通ったことが充分に考えられます。

さらに、「ほつまつたえ」の記述で今一納得がいかなかったヒントを本書の中に見つけました。
それは、「笹」について「すず」という呼び名をしていたことを知ったからです。
つまり、「竹は花を咲かせると枯れる」という事実を思い起こしてくれました。重大なヒントになりました。「さくすず」が「すずの木」が枯れるという意味がわかりました。今後が楽しみになりました。
本書に巡り合わせていただきありがとうございました。

以上
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by hon-hotsuma | 2011-02-02 22:41 | Comments(0)

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