ほつまつたえ


Hotsuma tsutae feelings
by hon-hotsuma
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今日は昭和の日 

今日は昭和の日       ジョンレノ・ホツマ 2011/4/29

昨日の新聞の社説に東北大地震の被災地に天皇がお見舞いに行かれ、「被災者を励ます温かいお言葉」というタイトルが目につきました。

その中で、「人々の幸せも、不幸も、我がこととして受け止め、考え、実践されている。」羽毛田信吾宮内庁長官の言葉の中に、両陛下の胸中を察することができる。
という記事を読み、ふと、天皇家のはるか昔、天神三代目の「とよくんぬ」神の「ほつまつたえ」の記述を思い出しました。

その記述とは
 あめよりみつの わざをわけ きみとみたみの みくだりの ・・・

と言葉少なく分かりにくいかも知れませんが、この内容は、

「やも」(八面)の世界を嗣いだ天神三代目の神「とよくんぬ」は「あめより」(天の道・法律によって、天命を受けて)、役割を分けて、「きみ」(君、天皇)、「とみ」(大臣)、「たみ」(民、平民、国民)の三つの階級(みくだり)に定めて国を治めました。
と、解釈できます。

「ほつまつたえ」のこの綾を最近読んでいたので、社説の内容とは直接の関連は何もないのに、国としてのこのときの天命が、今の天皇にもこの心が生き続けていると感動しました。

以上
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by hon-hotsuma | 2011-04-29 13:22

書感 二酸化炭素温暖化説の崩壊 広瀬 隆著 集英社新書

e0191707_14212753.jpg                                     2011/4/27
書感 二酸化炭素温暖化説の崩壊 広瀬 隆著 集英社新書           藤田 昇

本書は、2つのテーマからなっており、一つは如何に炭酸ガス説が捏造されてきたデータであったかを調査報告されており、内容も以前読んだものとも重複しているところもありました。

もう一つのテーマは、今、問題になった原子力発電所についての膨大な排熱のことです。

原子炉で生まれた熱エネルギーの1/3は電気になるが、残りは熱となり海に捨てている。海水で水蒸気を冷却して、水に戻している。

言いかえれば、発電量の2倍の熱量を温排水として捨てている。この温排水について、日本全国に54基の原発が4911.2万キロワットの発電量があることから、約1億キロワットの膨大な熱が海水を加熱している事実が隠されている。
原発の温排水は海の中ですぐには拡散されず、ホットスポットという熱の塊となって浮遊する。そのため、大陸棚の生物に膨大な影響を及ぼしている。
原発の発電により、熱量換算で広島に投下された原爆100個分の熱量が毎日発生しているのと同じだと著者は警告している。
別の比較では日本中の一級河川109の全ての量の水を3.1℃上昇させる熱量にも匹敵するとも。
改めて、事の重要性を知りました。

原子力発電を推進し正当化するために、二酸化炭素温暖化説を打ち出して(打ち出さざるを得なかった)本質的な問題点を隠してしまっていることが本書によりわかりました。

著者の指摘されていることが全て事実であるかどうか、確認すべもありませんが、指摘された問題を揉み消すのではなく、データを基にした反論や考察などマスコミも積極的に公表できる世界になればなあと思いました。

昨年発行の本書には、既に原発のメルトダウンの危険性を警告していたのには驚きです。

エコのため良かれと思ってやっていることでも、実は他で破壊を生んでいる事実があることを知るべきであり、エネルギー問題を自然との共生とのなかでもっと真剣に考えるべきと思いました。

以上
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by hon-hotsuma | 2011-04-27 14:21

ほつま・えっせい 

ほつま・えっせい                   藤田 昇

「ほつまつたえ」と古事記・日本書紀の背景

私は学生時代、理屈なしに覚えなければならないという先入観の歴史が嫌いでした。よって、古事記・日本書紀の内容については良く知りません。しかし、縁があって「ほつまつたえ」に嵌まってしまいました。

この「ほつまつたえ」を後半部分から読みはじめ、やっと1/3程、読み通してきました。あと、4,5年で残りの部分も読み通せたらと思っています。先人たちの解釈を参考にしながらですからもう少し早まれば良いなと思っています。

「ほつまつたえ」の前半部分は紀元前660年ごろ、後半部分が紀元後231年ごろ、時の右大臣によってまとめられ編纂されているものです。
つまり、古事記・日本書紀より500年ほど以上昔に編纂されたものです。

この「ほつまつたえ」を読みだして、苦戦している一つに、やたら人の名前が多く、しかも、一人でいろいろな呼び方をされていることです。

たとえば、一般的に「やまとたける」と称されている「やまとたけ」の場合ですと、「はなひこ」、「こうす」、「こうすみこ」、「こうすきみ」、「やまとたけ」、「やまとたけみこ」、「あつたかみ(熱田神)」、「きみ」と、幼名、実名、称え名といろいろ出てきます。
しかも、5・7調の歌のなかに合うよう省略言葉になっているときもあります。

同じ人なのか、別人なのか、あるいは他の事をいっているのか迷い、別人の事を同一人物と捉えてしまうこともあります。記紀の編者も勘違いされたとしても仕方ないと思うほどです。

そんな中で、「ほつまつたえ」の記述を整理してみると、気になったのが近親婚です。「いとこ同士」の結婚が目についたからです。

例えば、「わかひと」(天照大神)の父親は「いさなぎ」です。
その「いさなぎ」の弟を「くらきね」と言います。その「くらきね」に「ますひめもちこ」と「こますひめはやこ」と言う二人の娘さんがおります。この二人の娘が「わかひと」(天照大神)の「すけ妃」、「うち妃」となっています。

つまり、「天照大神」と、この「二人のお妃」とは、「いとこ同士」になります。

後にこの二人のお妃は天下を動かす大騒動を起こすことになるので気になりますが、今回のテーマと離れるので後日にいたします。

さて、この「いとこ婚」ですが、儒教の教えでは、「いとこ婚」を含め近親婚は野蛮人のすることと考えられています。
特に、韓国では同姓同士の婚姻はしないとか、遠くからお嫁さんを迎い入れるとかしているようです。

日本を一流の国として世界に認めてもらうため、古事記・日本書紀が日本の正式な国史として、海外、特に中国に対して、ときの共通語である漢字で編纂したわけです。

そのとき、実際の作業に携わった高官は、漢字文化を持った儒教の精神の持ち主であったことが容易に推測できます。
朝鮮半島の内乱により日本に亡命してきた高官たちです。金達寿氏の著書に古事記は新羅の、日本書記は百済の高官が書かれたとおっしゃっています。

ですから、編者の目から見て、公けな日本の国史に載せる内容に、野蛮人と思われることは外さなければならないと考えても不思議ではありません。
儒教の精神を持った彼らの目から見て、「いとこ婚」の事実は隠さなければならなかったからです。

不具合個所を切り抜いたため、飛び飛びになって、筋道がつながらなくなって難解なものになったことがわかります。

「ほつまつたえ」のすごいと思ったところは、自分たちに不都合なことでも、言葉をかえたり、ほんの一言だけであったりしていますが、記録として載せているところだと思いました。
読み手の技量を確かめられているような気もします。

もっと、極端な例では、欠史8代と言われている天皇の部分に、天皇になった弟が実際の兄の娘を、お妃に迎い入れている個所があります。名前をかえているので、唯読んだだけでは読みすごしてしまいます。

記紀の編者も気づいて、彼らの目には野蛮行為と映り、その関係する一連の所をまとめて抹殺せざるを得ないと判断したと私は思いました。

その時の権力者の立場の判断が歴史を塗り替えているということを実感したと同時に、その原因の一つが分かった次第です。

以上
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by hon-hotsuma | 2011-04-09 14:13

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