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Hotsuma tsutae feelings
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ホツマツタヱ検証旅行1

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ホツマツタヱ検証旅行1

ホツマツタヱの記述を検証するため、ホツマツタヱ勉強会から総勢28名の参加者の方々と関西方面に行ってきました。
世間では公に認められていないホツマツタヱですが、現地に行って記述の痕跡を確認してきました。そして、訪問先の痕跡や状況から、参加された皆さん、それぞれの検証先を
訪れたことに満足され本当に良かったと思いました。
今回の検証先は、ホツマツタヱの記述の中でも最重要と思われる、天照神と、天照神の祖父であり先生であった豊受神に関連している方々が祭られている所を選びました。

限られた時間で、此処も行きたい、あそこも行きたいで絞りに絞ってようやくたどり着いたのがこの地図の経路になりました。
最初の訪問先の廣田神社ではホツマツタヱの記述にある
「いわくす舟に 乗せ捨つる 翁ひろたと にしとのに ひたせばのちに・・・」
が語源になっていると考えられます。
両親(いさなぎ・いさなみ)の最初の子は厄年に生まれた「ヒルコ姫」を、儀式で川に流し、住吉の神が拾い上げ「ひろた」と育て上げた経緯があります。
厄が取れたのちは「ワカ姫」となり今の和歌山県の語源にもなっていると考えられます。
近くにある西宮神社とも関連があるが、今回は時間の関係で省きました。
「にしのと」とは西宮神社で現在はえびす様で有名になっていますが、住吉の神が住まわれていた。

今回の旅行のガイド役をお願いした現地に詳しい大江久幸氏の解説によると昔は六甲山もこの廣田神社の範囲であったようです。

二番目の訪問先の越木岩神社は、ワカ姫が勅使のアチヒコ(後のオモイカネ)に渡して結婚に至った歌の最後の「こいしき」から来ていることを解読された方がおられ分かったからです。
「きしいこそ つまをみきわに ことのねの とこにわきみを まつそこいしき」
という回り歌になっています。この回り歌とは、上から読んでも下から読んでも同じなため、この歌を受け取った者は、この歌に返事(返歌)が出来ず受け入れざるを得ない歌の事です。

和歌山のタマツ宮に居られたワカ姫(天照神のお姉さん)が勅使として来た「あちひこ」を見て、一目ぼれしてこの回り歌にした恋文を渡します。
「紀州にいらしてください。私は貴方の妻となって、いつも、おそばで琴を奏でて差し上げましょう。布団を敷いて貴方が来られるのを恋しい想いでお待ちしています。
受け取った「あちひこ」は返事に「思いかね」て後に「オモイカネ」と名が替わり、晴れて結婚され、ワカ姫は下照姫と名を変え天照神の妹の立場に替わります。

この越木岩神社の地名は西宮市甑(こしき)岩町で廣田神社とも近いが、甑岩と言わる古代の磐座がそびえ立って鎮座している光景を目前にして感無量でした。
しかし、近くには住宅街が押し寄せ、磐座を残したままという条件で学校に売却したが学校閉鎖でマンション建築現場に置き換わってしまい、磐座が取り壊されようとなっており、残すよう署名活動されている現状を知りました。

初日の最大の検証先である六甲比命神社は巨大な磐座(いわくら)がご神体の神社です。六甲比命神社はほぼ六甲山の尾根上にあり、ここを起点とした夏至冬至ラインの南西には三国岩、天照神の磐座が鎮座し、東北へは主にセオリツ姫と関連する重要な聖地がずらりと並びます。
ムカツ峰が六甲山の旧名だったのですから、現在は六甲比命・六甲比女と表記されてロッコウヒメと呼ばれているものの、かっては向か津比女と記され、ムカツヒメと呼ばれていたに違いありません。この磐座が六甲山を象徴する最も重要な聖地であることを物語っています。この項、大江氏からの記述を転用。

六甲山に大型バスの通れる道も出来ていますが、山の中の険しい道のりを大変な思いをしてたどり着きましたが、それだけに感無量になりました。

今回の検証旅行は東京から新幹線で新神戸集合、そこから貸切バスで1泊2日の旅行でしたが、二日目の検証先は次回報告させていただきます。
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by hon-hotsuma | 2015-11-20 10:13

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