ほつまつたえ


Hotsuma tsutae feelings
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大人の青春読本 オーバーエイティーズに学ぶ 

大人の青春読本 オーバーエイティーズに学ぶ 杉並区立成田図書館発行
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いつも利用している図書館に小冊子が置いてあるのを見つけました。

このブックレビューには、人・本のタイトル・本人の一言・概略内容が見やすくレイアウトされ、手作りの冊子であることに感心しました。冊子の作り方の参考にもなりました。

日本は超高齢社会に突入し、私たちの生活設計も長期的なビジョンで考えていく必要があります。高齢期が余生ではなく、第二の人生として位置づけられるようになったのは近年のことであり、情報も充分とはいえず戸惑いや不安を感じることも多いと思います。
成田図書館では80歳を越えても現役で活躍された方々の著作の中から、とくに人生のヒントになるような本を集め、ブックリストを作成しました。高齢期に入ってから海外に飛び出した方や一人暮らしを始めた方、精力的に文筆活動を続けた片など、年齢を感じさせない魅力的な諸先輩方がたくさんいらっしゃいます。
このブックリストをきっかけに皆様の毎日の生活がより充実したものとなれば幸いです。
という、あいさつで始まっており、ブックレビューに取り上げている方々は、

吉行 あぐり  熊田 千佳慕   柴田 トヨ        金田一 春彦
楠目 ちづ   笹本 恒子    ターシャ・テューダー  堀 文子
吉沢 久子   やなせ たかし  内海 桂子       辰巳 芳子
吉本 隆明   北 杜夫      山折 哲雄       谷川 複太郎


最初に出てくる「あぐりさん」を取り上げて見ました。

吉行 あぐリ 美容師1907(明治40)年-
あくやり白寿の旅 吉行あぐり・吉行和子/著  集英社
「いまを旅する、過去を旅する」←手書きになっている

  あぐりさんが旅に目覚めたのは91歳のとき、娘で女優の吉行和子さんや友人とのメキシコ旅行がきっかけだ。旅行会社からの車椅子を用意しておくとの申し出をぴしゃりとはねのけ、機内食もメキシコ料理もしっかり完食、海に入りピラミッドに登り思う存分旅を満喫したようす。ご本人いわくそれから旅が「やみつきとなり」、和子さんのロケや休暇に便乗したり、ご自身が旅番組の取材を受けたりと、ネパール、イタリア、香港、上海へ。再取得したパスポートも大活躍だ。
 あぐリさんの仕事人としての半生は自著『梅桃(うすらうめ)が実るとき』やそれを基にした連続テレビの小説「あぐり」に譲るとして、今回は旅するあぐりさん。道中、唐突にそういえば…と何十
年も昔のことを思い出すんだから、旅ってやっぱりおもしろい。

自分も読む本に迷ったら、この中から選んでみようと思った次第です。

ジョンレノ・ホツマ
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by hon-hotsuma | 2016-03-26 08:25 | Comments(0)

ホツマエッセイ 古代の舟

ホツマエッセイ 古代の舟

京都市の北の鞍馬に貴船神社という神社があります。
なぜこんな山奥に海もないのに何で貴船神社という舟という字のついた神社があるのか、子供の時から不思議でたまりませんでした。
 ホツマツタヱの27綾に、「きふね」という言葉を見つけたとき、前後関係から、古代の舟の誕生の背景も意味するところが分かり、当時の生活環境を知り、目からうろこが落ちました。

 「たみづをまもり ふねをうむ きふねのかみは ふなたまか」 とあったからです。
直訳すれば、「きふね」の神は、田水を守り、舟を生む、舟魂ですよ。とあります。

 自分なりの解釈を付け加えれば、当時から既に、洪水から田んぼを守り、常に水が行き渡るよう取水のために川に井堰を作って開墾していました。そのためには川に筏や舟を浮かべ丸太や石などを運んでいたと思いました。

 ここで「きふね」と読まれた「貴船神社」は、当時、「みづは宮」(みづはめ)と呼ばれており、水に関連していたことが分かりました。

 また、この綾に「舟」を生みだした記述がありました。
 ふねはいにしゑ しまつひこ くちきにのれる うのとりの あづみかわゆく いかだのり さおさしおぼえ ふねとなす このおきつひこ かもをみて かいをつくれは まごのしが ほわになすなよ かなさきは おかめをつくる そのまごの はでかみのこの とよたまと みつはめとふね つくるかみ むつふなたまぞ

 舟を作りだした起源ですが、太古の時代に①「しまづひこ」という方が安曇川(今の滋賀県琵琶湖の西側)に流れていた朽木(くちき・枯れ木)に乗った鵜の鳥を見て、筏(いかだ)を作ったのが始まりです。
そして、竿を指すことを覚えて、舟としました。今でも、観光地の長瀞のように竿を突いて川下りをしている所を見受けます。当時の風景を思い起こすようです。

 次に「しまづひこ」の子供の②「おきつひこ」は、鴨が水中で足を前後に動かしているのを見て、櫂(かい)を作りました。鴨舟と呼ばれました。鴨のように静かに水面を進んでいく様子が手に取るように分かります。このとき、既に、丸木を半割にしてくり抜いて使っていたのでしょうか。豊玉姫の乗った「かも舟」が割れて渚を泳ぎ切ったという記述があったからです。

 その次に「しまづひこ」の孫の③「しが」(志賀神)は、帆を作り、「わに舟」を作り上げました。速度は速いものの揺れが大きかったようです。
 外観はワニに似ていたのでしょうか。日本にも「ワニ」が生息していたことからも推測できます。大阪近郊の豊中市と池田市の間の待兼山町からワニの化石が出てきてマチカネワニと命名され全長6.5mと推測されているからです。

 さらに、④「かなさき」は、大亀舟を作りました。形が亀の甲羅のようなイメージであったと推測します。大きな樫の木で作ったという記述もあります。
 更に、大亀舟を造った「かなさき」の孫の「はで神」の子の⑤「豊玉姫」と⑥「みづはめ神」(罔象女)が、舟を作られた神と称せられ、6人の舟魂(貴船の神)となります。

 ⑤の豊玉姫は誕生間近の子供を孕んだ状態でしたが、「ヒコホホデミ」の日嗣のためにお妃として、かも舟に乗り北九州の志賀の浦から北陸の敦賀まで行きますが、途中で「かも割れて」とあるように舟が割れてしまいます。海に溺れかかり、あられもなく肌を見せてしまったにもかかわらず、必死に浜まで泳ぎ切りました。
その後、ワニ舟を見つけ、無事敦賀に着くことが出来き、未完成であった産屋で子供を無事生みました。
 しかし、あられもないでいた寝姿を君に見られてしまい、もう二度と会せる顔がないと恥ずかしさのあまり逃げ隠れてしまいます。その隠れていたところが山奥の貴船神社でした。後に、めでたく晴れて瑞穂の宮に中宮として返り咲きました。
 豊玉姫は亡くなられて、この貴船神社に祀られています。

 ⑥の「ミヅハメの神」は「水の神」を言い、「ホ・カグツチの神」は「火の神」、「ハニ・ハニヤスの神」は「埴・土の神」、「ウツホ・ウツロイの神」は「空の神」、「カゼ・シナトベの神」は「風の神」と合わせて5神の一人です。

 かも舟、わに舟、亀舟の速度の比較ですが、北九州の志賀の浦から北陸の北の津・敦賀までの時間を聞いている個所に、大亀舟なら1か月以上かかる。かも舟なら約1か月、大ワニ舟ならもっと早く着きますという記述があります。

 直線距離で約600kmですが、当時は海岸線に近い磯に沿って竿を海底に突いて進んでいたと考えられます。そのため入り組んだ海岸線の長さは倍の1200kmと見ると、1日に進む距離は約40km、8時間が実移動時間とすれば、時速5km/hrで速足と同じぐらいになります。いずれにせよ、大変なことであったんですね。

 以上
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by hon-hotsuma | 2016-03-16 08:48 | Comments(0)

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