ほつまつたえ


Hotsuma tsutae feelings
by hon-hotsuma
プロフィールを見る
画像一覧

ホツマエッセイ 神武天皇誕生までの経緯  

e0191707_21124662.png
ホツマエッセイ 神武天皇誕生までの経緯                    
2016/06/21
現在解読中ホツマツタヱの26~27綾(章)は紀元前660年より以前に当たります。神武天皇誕生までの経緯の記述内容を一目で分かるように表にしてみました。
この綾はヒコホホデミとトヨタマ姫と皇子のカモヒト・ウガヤフキアワセズが中心になっています。
表の中にある「葵・桂の葉で夫婦のあり方を説得」(26-15~19)というコメントの背景を追記します。

ヒコホホデミが筑紫(九州)を治めるように父親のニニキネ(分雷神)から勅りを受け、開拓活動をしているときにトヨタマ姫と知り合い、その後懐妊します。
そのとき、瑞穂の宮におられた父親から日嗣(天皇の位)を譲るから上京しなさいとという伝令が入ります。

九州の志賀島(後に金印が見つかった所)から舟に乗りますが、身重であったトヨタマ姫はカモ舟(敦賀まで約1ヶ月)であとからついて行き、ヒコホホデミは一番速度の速い大ワニ舟で先に行って産屋を作っておくことにしました。
途中、姫の乗ったカモ舟が割れてしまい、岸まで必死で泳ぎ切ります。別の舟を見つけることが出来て無事敦賀へ到着します。そのとき、まだ産屋が出来上がっていませんでした。しかし、そこで無事出産しました。
生まれた皇子はウガヤフキアワセズという長い名前を授かります。

このあと生じた大問題は、産屋の隙間から産んだばかりで素っ裸で開けっ広げのあられもない姿をヒコホホデミに覗き見られてしまいます。姫は、覗かれたことに気づき、もう生きてはいけないと恥ずかしさのあまりこの場を逃げ出します。
生まれたばかりの皇子は途中の遠敷の宮に置き去りにして、弟のカモタケヅミと山奥の貴船神社にたどり着き隠れてしまいます。
その後居場所を突き止め戻ってくるよう説得しますが聞き入れません。トヨタマ姫の父親も九州から駆け参じますが聞き入れることはありませんでした。
日嗣(天皇の位)を譲るための大嘗祭に新しい天皇にお妃が不在ではかっこが付かないため父親が九州から一緒に連れてきた妹のオトタマ姫を代役のために奉りました。
大嘗祭が終わって一年経ってもトヨタマ姫は隠れたままであったため、大上君(別雷神が日嗣・天皇の位を譲った後の呼び名)は葵の蔓を持ってミズハ宮(貴船神社)に出掛けます。葵の葉と桂の葉(双葉)は、夫婦と同じように左右両方そろって初めて葵の葉と言い、桂の葉と呼ぶのだということを諭します。
任務の終わった大上君(別雷神)はその後、貴船の山奥から「むろつ」(兵庫県たつの市御津町室津)に着き、遺言を残し、亀舟という大きな舟に乗り、鹿児島に向い「そお」(曽於)国の高千穂の峰(霧島山)につき、そこで神上がりします。
高千穂からは、「あさま」(富士山)の方から昇る太陽(日の霊)に向かってご来光を祈るので、この地を「ひむかう国」(日向国)と名付けられました。日向(ひゅうが)の語源になっています。

大上君(別雷神)が神上がりしたことを知ったトヨタマ姫は喪に服します。喪に服していることを知った瑞穂宮のヒコホホデミは歌を詠みイソヨリ姫に持たせます。

沖つ鳥 鴨着く島に
我が寝ねし 妹は忘らじ
世(夜)の事々も

とイソヨリ姫がヒコホホデミの歌を詠み、トヨタマ姫は返し歌をしたためます。

沖つ鳥 鴨(天下・神々から下々まで)を治むる
君ならで 世(夜)の事々を
えやは防せがん

この返し歌を葵の葉で包み、君(ヒコホホデミ)からの歌を桂の葉に包んで、赤白の水引草(みひきくさ)で結び文箱に納めました。
二人の気持ちが通じ、トヨタマ姫を御輿に乗せて宮に入り天下晴れての中宮になりました。

ここのトヨタマ姫とヒコホホデミの記述は、葵祭の起源になっていると思われます。また、おめでたい水引の語源にもなっています。
ジョンレノ・ホツマ
[PR]
by hon-hotsuma | 2016-06-24 21:12 | Comments(0)

カテゴリ

全体
未分類

フォロー中のブログ

最新のコメント

メモ帳

最新のトラックバック

ライフログ

検索

ブログパーツ

ファン

ブログジャンル

歴史
語学

画像一覧