ほつまつたえ


Hotsuma tsutae feelings
by hon-hotsuma
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天皇陛下 生前退位について 

ホツマエッセイ  天皇陛下 生前退位について

ニュースで天皇陛下が生前退位を表明され、過去にないからということで周りが物議をかもしていることに違和感を覚えました。

私自身は定年前の肩たたきで早期退社しましたが、定年のない会社経営者でも退任時期には後継者に譲るのが普通であり、今の天皇陛下は生涯現役でいなければならない大変なことと認識しました。

ホツマツタヱを読むと生前退位はごく自然のことであると分かり、古代の天皇は、自らが老齢になったと感じられたとき、ご自分で次に天皇になる人を選び、日嗣をしておられます。
やっと、昔の自然のままの元通りに戻ったという感じです。今は、ご本人のご都合や考えでなく、法律の制約という取り巻きの都合で決められてしまっているように見えるからです。

日嗣とは今の天皇から、次に天皇になられる方に引き継ぐ儀式であり、三種の神器を引き継ぎ、大嘗祭を執り行います。

古代の生前退位された例の一つとして、天照神の孫の次男の天孫ニニキネ(別雷神)を取り上げてみます。生前退位後の記述に興味がありましたので抜粋します。

天孫ニニキネ(別雷神)は、三男のヒコホホデミの大嘗祭が終わって、自分は「おゝゑきみ」(太上天皇)という名前になります。これにより天孫ニニキネ(別雷神)の生前退位が行われたことを示します。

瑞穂宮での任務の終わった「おゝゑきみ」(太上天皇)は、瑞穂宮から貴船の山奥に隠れ住んでいた息子の正妃のトヨタマ姫を説得した後、「むろつ」(兵庫県たつの市御津町室津)で、遺言を残します。その後、亀舟という大きな舟に乗り、宮崎に上陸した後、鹿児島に向い「そお」(曽於)国の高千穂の峰(霧島山)につき、そこで神上がりします。

なぜ、鹿児島に向かったのかについてですが、天孫ニニキネが、昔、筑紫(九州)全土を開拓しながら巡ったことがありました。「そお」(曽於の国・鹿児島)から招きを受けていたのですが、訪問の約束を果たせないまま帰国してしまったことが心残りであったと伺えるからです。

 高千穂の峰に立ち、「あさま」(富士山・浅間神社・ほつま国)の方角から日の出(朝日・日の霊)を祈るので、この地を「ひむかう国」(日向国)と名付けられました。

 高千穂の峰とは、霧島山を示していると思われます。霧島山の幾つかの峰々の内、この曽於市の方角から手前に見える山に高千穂という名前がついているからです。


「ほつま国」に居られる姫(このはなさくや姫)の霊は、月が沈む西の方角の高千穂の峰(霧島山)に沈み、神となられました。

姫が亡くなられたのは、「ほつま国」ですが、死後の霊魂は「おゝゑきみ」(太上天皇)の居られる高千穂の峰(霧島山)に向かわれたことを言っています。

「おゝゑきみ」(太上天皇)を太陽と見て、月をお妃「このはなさくや姫」に例えていることが分かります。また、月に帰るという昔話、「かぐや姫」の話とも何か重なるものを感じます。

天国で会う日を決めておられたお二人が、西と東で遠く離れていてもお互いの方を向いて同時に神上がり(お亡くなり)しましたともあります。
「おゝゑきみ」(太上天皇・以前の名は別雷神・天孫ニニキネ)である「いづの神」*は、高千穂の峰の神となられました。

*「いづの神」21綾にニニキネのことを二荒れの逸(稜威・いづ)の神と称しています。

高千穂の峰の神となられ、神上がりされたという記述の意味が、新たに神が誕生されたように漢字化されて伝えられているようです。新たにいづる・誕生すると解釈されたのでしょうか。


現天皇におかれても、生前退位された後、やり残したこと、心残りのあることなど、自分のための新たな人生を謳歌していただきたいと願った次第です。


以上


ジョンレノ・ホツマ
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by hon-hotsuma | 2016-07-16 10:56

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