ほつまつたえ


Hotsuma tsutae feelings
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皆既月食に思うこと・月の大きさを知る

ほつま・エッセイ                               2011/12/20修正
  ジョンレノ・ほつま
皆既月食に思うこと・月の大きさを知る

 11年ぶりに皆既月食が見られるというので、しばらくの間、欠けていく様子を眺めていました。
今では、この月面の欠けは地球の影が投影されていることは誰でも知っていることです。

 このことを、日本の古代の人も理解していたのだと、ふと、合点しました。というのも、地球が丸かったということも知っていたし、月が欠けていくのは、地球の影だということも知っていたと分かったからです。
 月食の様子を見ていて、月面に映っている地球の影の円弧は月より大きいことが目視で分かったからです。

 多分、この欠けの様子を詳しく書き写せば、影から地球の直径と月の直径の比が分かると思ったからです。

 「みかさふみ」という、「ほつまつたえ」と同時期に記されているものに「月の大きさ」などが書かれていることを思い出し、気になり確認してみました。

 地球の影、つまり地球の円弧は月の円弧の約1.5倍程度(当時の測定値での計算では1.63倍)に目視で見えました。但し、正しく測ったわけではなく、思い込みもありますので、あるいはもっと大きかったのかも知れません。
 尚、この値について、「測り方の科学史1地球から宇宙へ・西條敏美著」に、2.6倍であることが記されていたことを後日知りました。

ミ カサフミに「たかまなる綾」(大宇宙の章)という項目があり、記されている内容から、地球の直径114「とめぢ」、月の直径70「とめぢ」と古代の日本人は認識していたことが分かります。
 これは、比に直すと地球の大きさは月の1.63倍になります。まさにこの月食の時に、見た目で、月に投影された地球の円弧の大きさに近いような気がしたからです。
 既に、地球の大きさは何らかの方法で測定(周囲365とめぢ)して知っており、地球の大きさを基準に、月面に映った地球の影と月の大きさを比較したのではないかという思いに至りました。

 参考までに「みかさふみ」の記載から、読みとれる内容を抜粋すると

宇宙の全周(天の胞衣のそとまわり)は「100万とめぢ」、
地球から星までは「15万8千とめぢ」、
太陽まで(ひのめぐり なかふしのとの あかきみち)は「8万とめぢ」、
月まで(つきのしおみち)は「4万とめぢ」、

太陽の直径(ひのわたり)は「150とめぢ」、
月の直径(つきのほど)は「70とめぢ」、
地球の周囲(めぐり)は「365とめぢ」、
地球の直径(くにたま わたり)は「114とめぢ」

      直径         地球からの距離*
太陽  150とめぢ      80,000とめぢ
月    70とめぢ       40,000とめぢ
地球  114とめぢ       ー 
*黄道、公転直径を示しているかも知れません

 面白いと思ったのは、太陽と月の関係です。大きさも距離もほぼ2:1であること。地球から見ればほぼ同じ大きさに見える関係になります。
 その中間に地球があるという風に当時の人は見ていたことが分かったからです。

なお、「とめぢ」という単位について 1とめぢ=38さと とあります。
1さと(里)=約4kmとみると 1とめぢ=約150km考えられます。

1とめぢ=150kmで換算
       直径     地球からの距離
太陽  22,500km   12,000,000km
月   10,500km    6,000,000km
地球  17,100km      ー 



現在の値
      直径        地球からの距離
太陽  1,390,000km  150,000,000km
月       3,500km     380,000km
地球     12,756km   ー 

地球の周囲「365とめぢ」(54,750km)に対し40,075kmで、実際の1.36倍です。
地球の直径「114とめぢ」(17,100km)に対し12,756kmで、実際の1.34倍で誤差範囲と思います。

 地球に関しては、どういう測量方法であったか分かりませんが、非常に正確であったと言えるのではないでしょうか。

 また、周囲「365とめぢ」と外周「114とめぢ」より、円周率3.2と見ていたことも分かりました。

 なお、1さと(里)=約4kmとみましたが、実際はどの程度の長さであったかは解りません。
もし、当時1さと(里)=約3kmであったなら、現在の地球の大きさズバリになります??。

「1さと=36まち」、「1まち=100いき」、「1せ=10いき」と注釈がありますが、これも私には分かりません。

 月食を見ていて、古代の人が、どういう思いで月を見ていたか、垣間見たような気がいたしました。
 
今までの解読では、太陽が地球の周りをまわっていたのかどうかは解りませんが、少なくとも地球が球体であったことを知っていたという記録が残っていること自体素晴らしいことだと思います。

以上、
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# by hon-hotsuma | 2011-12-14 13:10 | Comments(0)

古代の刑罰、「ほつまつたえ」より 

古代の刑罰、「ほつまつたえ」より                ジョンレノ・ホツマ

紀元前の古代日本は立派な司法国家であったことが、「ほつまつたえ」より読みとれますので紹介します。

一つは「くらきね」という「いさなぎ」の弟が亡くなってからの話からです。

「くらきね」は北陸を治めていましたが、亡き後「しらひと」なる者が、ますひと(代官)になりました。勝手な行動が目に余ると訴えられます。
その「しらひと」は、邪魔になった母(さしみめ、「くらきね」の妻)とその子供(くらこ姫)を「こくみ」という者の所へ追い出し、「こくみ」は二人を同時に犯して辱めました。
代官の「かんさひ」はこれを正せずにいるという内容です。詳しくは「ほつまつたえ」の7綾(7章)を参照下さい。
直ちに出頭を命じられ、裁判にかけられ判決が言い渡されます。

「こくみ」に対して
1.君(くらきね)の恩を忘れ、葬送の祭りを怠った罪、百科(ももくら)
2.母の厚情による支援を裏切った罪、二十科(ふそくら)
3.母を犯す罪、百科(ももくら)
4.「おしで」(証文)に対する偽証の罪、百科(ももくら)
5.姫をないがしろにした罪、五十科(いそくら)
罪状全てで、三百七十科を申し渡す

「しらひと」に対して
1.君・母からの恩を忘れた罪、二百科(くら)
2.妻を追い出し流浪させた罪、百科
3.母娘を踏み荒らす(狼藉)罪、五十科
4.賄賂(わいろ)を掴(つか)む罪、六十科
罪状全てで、四百十科


ここで、罰則について、「とほこ」の法というが基になっています。
「とほこ」とは、「と」の導き、「と」の教えのことで両大神が天神から授かったもの、そして、「ほこ」は「さかほこ」(栄桙)を示しています。

具体的には、全天、三百六十度を三百六十科としており、三百六十度を四つに割って、

最初の四つ割の一つ、三百六十度の四分の一、すなわち 九十科で「所を去る」
次に四分の二、百八十度(科)で「流離う」(島流し)
次に四分の三、二百七十度(科)で「人との交わり去る」(追放刑)
四つ割の全て、三百六十度(科)で「命去る」(死刑)と罰則が決められていました。

今回の罪は四つ割(三百六十科:死刑)を越えている
よって、「ほころびと」(死刑)の制裁を加える。「つつが」(牢獄)に入れよと申し渡されました。

後日、「もちこ」という天照神の妃の恩赦により罪が半減され、「ひかわ」(斐伊川、島根県)に流刑の身となります。

また、「そさのお」の時の判決についても、同じ7綾の中にあります。

「そさのお」の罪状が言い渡され、罪状は千科もありました。天の巡りで決められた罪状は三百六十科が死罪ですから、何と死罪の三倍も残忍で、三段死(みきだがれ)という三回死ぬ程の惨い死刑を言い渡しました。

刑が執行され、髪の毛は抜かれ、爪も剥ぎとられようとしていて、まさに殺されようとしていた時です。「むかつ姫」(中宮、せおりつ姫)の申し出が勅使より告げられました。

「うけもの」(倉稲神・うけみたま)に祈ったので「はなこ」の御霊は無事天国へお送りしました。よって「はなこ」殺しの四百科は償われましたので、罪を白紙に戻すようお願
いします。「そさのお」の性格は生まれつきの遺伝です。ですから、本人には罪は無いので牢獄から出してやれないものでしょうか。
「ことのり」(情状酌量を願う減刑要請)を諸神が審議した結果、天の理に背く重罪ではあるが、身内の好しみにより、罪を半減して、「まじわりさる」(追放刑)に処することにしました。

紀元前の日本に、この「とほこ」の法という、公平で分かり易い立派な司法制度があったことに驚きます。
自分の認識では、今の交通違反の反則点数のように、罰則規定が、何点になったらどうなる、というのが、この時既に、法が公けになっていたということになります。

紀元前にすでに文字があったからこそ、こういう記録が残ったわけです。
何と素晴らしい文明国であったかと誇らしく思います。
以上
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# by hon-hotsuma | 2011-10-03 10:45 | Comments(0)

書感 われ日本海の橋とならん

e0191707_10432670.jpgわれ日本海の橋とならん
内から見た中国、外から見た日本―そして世界
加藤嘉一著 ダイヤモンド社 1500+税 2011/7発行

著者は1984年生まれで、18歳の時に中国へ渡り、中国政府の国費留学で北京大学に入学された若干27歳の若者です。
今や、中国語に関してはネイティブ並みの語学力で、中国メディアからのインタビューが殺到しているそうです。

日本人と中国人の本音とたてまえを知り尽くして、深層心理まで突っ込んでおり、それぞれ両方の立場からの眼で、歯切れよく書かれており、まさに目からウロコです。

私にはこの著者が平成のジョン万次郎の再来のような気がしました。

中国で有名になった発端は、反日デモを見に行った時、生中継のデモ現場に居合わせた留学生として、「デモを招いた原因は中国と日本のどちらにあると思いますか」とマイクを突き付けられて、
「デモが起きるにあたって、日本の国連の常任理事国入りの議論、総理大臣の靖国神社参拝、日米同盟の台湾への影響力強化など複雑な要因が存在しました。それに対し、愛国主義教育の強化によって高揚する中国人民のナショナリズムが呼応し、爆発したかたちです。おそらく、中国人も日本人も今回のデモが外交的な案件であることを理解しているでしょう。そして、外交的な案件である限り、どちらか一方に非があるものではありません。双方の国にはそれぞれの考えがあり、歴史的バックグラウンドがあり、国内に特殊な問題を抱えています。ですから、問題を解決するには日中双方が抱える原因を慎重に探りつつ、互いが建設的な議論をしていかなければなりません。ただし、もしも日本の政治家の中に中国を頭ごなしに見下したり、侮辱するような発言をする人間がいるとすれば、それは同じ日本人として恥ずかしいことだと思います。」と一気に言ったとあります。

このインタビューを受けた翌日から、中国メディアからの取材が殺到するようになったという書き出しに始まっています。

以下、目次内容と気になる項目を列記してみます。
1章 中国をめぐる7つの疑問
反日感情はどの程度なのか
3章 日中関係をよくするために知ってほしいこと
 日本だけが抱えるチャイナリスク
 反日デモとは「反・自分デモ」である
 チャイナリスクとジャパンリスクの関係
4章 中国の民意はクラウドと公園にある
 インターネット人口5億人の衝撃
 お金より大切な「面子」とは
5章 ポスト「2011」時代の日本人へ
 四川大地震をチャンスに変えた中国
 復興には競争原理を持ち込め

本書には、列車事故のことは発行後の事故ですから触れていませんが、東北地震の件については中国人の眼から見た分析は、なるほどと納得できます。

ジョンレノ・ホツマ
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# by hon-hotsuma | 2011-10-03 10:43 | Comments(0)

書感 幽体離脱入門

e0191707_16244428.jpg書感 幽体離脱入門

大澤義孝著 
アールズ出版 
2009年10月初版発行

幽体離脱という世界が実際にあるとは感じていましたが、具体的に体験された方の経験談を基に幽体離脱を実際に試してみようという入門書があることに驚きました。

肉体から精神を分離させ、アストラル体で空を飛び、そこの住人と触れ合うことができる幽体離脱。
幽体離脱に必要なのは、「才能」ではなく、正しい知識と練習とほんの少しの勇気。
眠っている体脱能力を開花させ、未知の世界に飛翔しよう!

何度読んでも、私の理解の範囲を越えていますが、この世界が存在するであろうことが分かる気がしてきました。

私自身は本書を読んで実際にやって見ようとは努々思ってはいませんが、「ほつまつたえ」の記述の中に、意味不明で掴みどころがない個所があちこちにあり、そのうちの一つに、まさに本書に書かれているような幽体離脱をした状況の記述に当てはまることに気がつきました。

幽体離脱とは一体どういうものなのか知るには最適の本でありました。
「ほつまつたえ」の記述の中には、夢のお告げによって判断される記述も多く見受けられ、その時の当事者にとってはまさに事実であったであろうと思います。

ほつまつたえの5綾(章)の「いさなぎ」の行動の記述が当てはまります。
熊野に居られた奥さんの「いさなみ」が焼け死んでしまって、突然後に残った「いさなぎ」はどうしても会いたい一心で遺体を見に行きます。決して見に行ってはならないと言われましたが、うじ虫のたかった腐乱した遺体を見てしまい、恐れおののいて足を引き返してしまいます。
しかし、怖いもの見たさに、その夜、再び、今度は神の姿になって見に行きましたという記述があり、幽体離脱して見に行ったのではないかと思えたのです。

アストラル界で見に行った「いさなぎ」(男神)に対して、死者の「いさなみ」(女神)が、現実を受け入れることが出来ずに、貴方は私の見てはいけないもの(恥)を見てしまいましたね。私は恨んでいます。これ以上恥をかかぬよう醜女八人に命じて追っ払います。醜女に追われた神の姿の「いさなぎ」は、葡萄を投げつけ、竹櫛を投げつけ、最後に桃を投げつけて逃げ切ります。夢の中の世界では成り立つ内容だが現実の話ではありえない。まさに幽体離脱の世界を表していると思った次第です。

このあと、「いさなぎ」は、亡くなった「いさなみ」との思いを断ち切らせるため、「よもつひらさか」(黄泉平坂、現世と黄泉(死者)の国の境となる坂)に辿り、誓いました。

「よもつひらさか」は、息が途絶えた瞬間(足を踏み入れた瞬間)に、絶ち塞ぐ境界岩(かぎりいわ)で守られています。

「いさなぎ」は、この道を引き返して(誓いをして)、悔みつつも熊野本宮に帰った後、豊かに光り輝く「やまと」の国にしましたと続いています。

ジョンレノ・ホツマ
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# by hon-hotsuma | 2011-07-11 16:25 | Comments(0)

七夕(たなばた)

7月7日の七夕は旧暦では、8月7日ごろであり、そのころ織姫星がちょうど夜空の真上にくるそうです。
七夕は、年に一回、天の河を渡って織姫とひこ星が会える日と習ったことを覚えています。

なぜ「七夕」とかいて「たなばた」と言うのか不思議でしたが、中国の昔からの伝説と日本古来の「たなばた」が、同じ日のお祭りであったため、漢字文化の渡来のとき、日本古来の「たなばた」という言葉(音節文字・表音?)に「七夕」という漢字を当てはめたことがわかりました。

ホツマツタエの1綾に「たなばた」の記述があります。

はつひもち あわのうやまひ(1-3)
もゝにひな あやめにちまき
たなばたや きくくりいわひ

元旦にお餅を供え、天神(天神地祇)の神々をお祭りします。(敬います)
三月三日は(桃の)ひな祭り、
五月五日の節句(あやめ:菖蒲)には「ちまき」で祭り、
七月七日に「たなばた」(「蚕だな」と「はたおり」)の祭り、
九月九日に「菊と栗」の祝い(「ここな」の祭り)をします。
一年に五つの節句があります。

七月七日の「たなばた」は、元々日本古来にあった節句の一つであったのが分かりますが、後に中国から伝わった「織り姫」が「はたおり」と結びついて今の七夕の「織り姫」と「牽牛」の話と一緒になってしまったようです。

織り姫というと何となく夢がありますが、機織りは当時の宮中の子女にとって嫁入り前の必需であったような気がします。
ホツマツタエの6綾の中に、天照神の12人のお妃は皆、機(はた)を織り、操を裁てましたとあります。機織りは当時のステータスであったことが伺えます。ましてや絹織物となれば尚更です。
今の感覚では裁縫ができるようなものであったのではないかと思います。少し昔ではミシンを使って衣服を作るのと、糸を紡いで布を織るのと同じような役割であったのではないでしょうか。


ジョンレノ・ホツマ
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# by hon-hotsuma | 2011-07-07 19:59 | Comments(0)

ほつま・えっせい

「ほつまつたえ」に見る神武天皇のお人柄 20111/07/01

「神武天皇」は、自分に負わされた使命感により、最後まで諦めることなく、困難に打ち勝っていく行動力に、いささか感動しました。しかし、一方では奥さんには頭が上がらなかった様子に親しみを覚えたので紹介したいと思った次第です。

九州で政治を執っていた父の遺言を受けるために、「やまと」にいた「たけひと」(後の神武天皇)は九州へ行きます。
父の亡き後を継いで「たけひと」は九州でしばらく政治を執りますが、「やまと」が乱れているので早く帰って治めて下さいと云うはやり歌が「たけひと」の耳に伝わります。
「やまと」に戻ることを決意した「たけひと」は、途中、宇佐、吉備、などを経由して浪速から生駒越えを試みますが敵の抵抗に遭い、作戦を変え、海から紀伊半島を大きく廻り熊野から攻め込むことにします。

同行していた兄たちは敵の矢で射られたり、台風に巻き込まれて海に投げ出されて熊野に上陸する前に3人とも亡くなってしまいます。決死の思いを乗り越えて、敵と相対することになります。
そして、天照神の印した「神おしで」を両方が持っており、敵と思っていたのが実は身内同士であったことを知ります。「たけひと」こそが正統な後を継ぐ人であることが認められます。

さて、ここからが、本題です。

晴れて天下に知らしめた神武天皇は、新しいお妃に「たたらいそすず姫」を迎えます。この「いそすず姫」は右大臣の妹にあたり、神武天皇はどうも頭が上がらなかったようです。
既に九州でお妃にされていた「あびらつ姫」は、お年は召され従順であったように見受けます。一人皇子「たぎしみこ」がいました。

神武天皇は、この「いそすず姫」との間に、子宝が授からからなかったためかどうか分かりませんが、若い「いすきより姫」を3番目の妃に迎い入れようとします。このときは、世継ぎ皇子を途絶えさせないために、12人までお妃を持つことが出来ていたので、当然の行動と思われます。
しかし、内妃「いそすず姫」に咎められ、迎い入れることを諦めます。かなり実権を持っていたように見えます。がんばられて、二人の皇子をもうけ、取りあえず安泰になります。

妻に子供が出来ない時には、妾を置いて子種を残しなさい。という記述もあるようですが、許されなかったようです。
結局、この「いすきより姫」は、殿中に入ることが許されませんでした。神武天皇がお忍びで姫の館にお出かけになり、そこで交わっておられました。姫の名前も「ゆり姫」と変えていました。

そんな中、神武天皇の先妻の長男「たぎしみこ」が、この「ゆり姫」(二十才前)に一目惚れしてしまいます。一騒動ありますが、このままにしておくわけに居かないと心を痛めていたことが伺い知れます。

「ゆり姫」が息子の「たぎしみこ」にガツンと貴方の入り込む隙はないと拒否したので事なきを得ました。もし、そうでなかったとしたら、一人の女性を父と息子で取り合いするわけにもいかず、父が息子に譲ることになっていたのでしょうか。許されなかったと思います。

タイミング良く、越後の謀反を治めて帰ってきた高倉下(後の弥彦神)に、神武天皇は褒美として、この「ゆり姫」を、酒の肴に賜いましたと結んでいます。
今では、セクハラで訴えられてしまいそうですが、当時としては粋な計らいであったと思います。お手付きではありましたが、多分単身者であった70才過ぎの高倉下にとっても、うれしかったと思います。

神武天皇もほっとされたことと思いました。

余談ですが、高倉下と「ゆり姫」との間に子供ができ、その子孫の「よそたり姫」が人皇5代の孝昭天皇の中宮になっています。
神武天皇の世継ぎは「いそすず姫」が生んだ二人の皇子の弟「かぬがわみみ」の方で、綏靖天皇になります。故あって「たぎしみこ」は消されてしまいます。

以上
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# by hon-hotsuma | 2011-07-01 16:29 | Comments(0)

書感  日本とユダヤ

e0191707_9234184.jpg書感  日本とユダヤ 運命の遺伝子 久保有政著 学研パブリッシング 2011/03発行

著者はサイエンスライター、ユダヤ文化研究家、聖書解説家として活躍されている方です。

最近のDNAの研究により、日本人は中国や朝鮮半島との接触より、イスラエル系チベット族、中央アジア一族と日本人とユダヤ人との間で非常に高い共通性を持っているというのが主な趣旨です。
長期にわたり調査されていることに感心しました。

ホツマツタエの記述内容に思い当たる点と、あまりにも出来すぎていて賛成できない点もありましたが、その中で、新しい発見をしました。

読み始めて最初に感動したのは、EUの生みの親が日本人であったということです。
ハインリヒ・クーデンホーフ・カレルギー伯爵がオーストリア・ハンガリー帝国の駐日公使として日本に赴任して間もないころ、落馬してしまいます。
たまたまそこを通りかかった見ず知らずの青山光子さんという女性に応急手当をしてもらったのがきっかけで結婚され、やがて伯爵夫人としてヨーロッパへ渡ります。
光子さんは31才で7人の子供をもった未亡人になってしまいます。更に、第一次世界大戦が始まり、祖国同士が敵国になってしまいます。しかし、光子さんは敵味方かかわらず苦しむ人のために働き、彼女の存在はヨーロッパで一筋の光になり、晩年に「ヨーロッパ統合の母」と呼ばれるようになります。
本当の平和、本当の共存共栄は、民族を越え、人種差別を越え、敵味方をも越えた彼女の心にあることを知り、後に子供のリヒャルト伯がヨーロッパ統合運動を始めることになったという事を知りました。

もう一つは、割礼についてです。
古代イスラエル宗教では生後8日目に割礼の習慣があり、その日は、友人知人親戚が割礼式のために集まり、子供に命名する日でもあるとのことです。
包茎は不衛生になりやすいという理由だからとのことだそうです。イスラム教徒でも割礼はあるが生後13才のときに施すとのことだそうです。
さらに、驚いたことに、日本の皇室にも古くから生後8日目に割礼の儀式があると宮内庁の方の証言を載せられていたからです。
本書の割礼の個所を読んだ瞬間、ホツマツタエの中の何のことか分からなかった個所が、この割礼の儀式について言っているのだと直感し、新たな感動を受けました。

以上        ジョンレノ・ホツマ
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# by hon-hotsuma | 2011-06-11 09:24 | Comments(0)

想定外

想定外     

原発の事故に関連して、「想定外」という言葉をよく耳にするようになりました。あり得ないと信じていたことが生じてしまい、事前に心づもりが出来なかった言い訳として、本人にとっての常識外とは言えず、「想定外」であったという言葉が使われたのでしょう。

想定外というには大げさかもしれませんが、最近、私にとっての常識外の出来事がありました。

一つは、長い間動いていた電池式の掛け時計が地震発生後1カ月位して突然止まりました。電池交換しようと裏を見たら、裏には電池ボックスらしきものは無かったのです。
そういえば、壁に掛けっ放しで、今まで一度も電池交換したことがなかった事に気付き、改めて時計本体の裏に挟んであった埃まみれの保証書を見ると、昭和62年9月の日付になっていました。長寿命と言われるリチウム電池でも8年ぐらいの寿命と思っていたのに、なんと23年8カ月も動き続けていたことにびっくりしました。
最初の想定外でした。
普通の電池時計のつもりで電池交換を頼みに購入先に行きましたが、本体と電池部分が一体の特殊な構造だとかで、今では部品が無くどうしようもできないという返事でした。電池交換できないと知り、唖然としたのが二つ目の想定外でした。

高寿命の使い捨て時計であったことに後になって気がつきました。電池交換できる普通の掛け時計や、昔からの機械式の掛け時計が恨めしく思いました。
一般的に、製造中止から部品は5年間の在庫義務があることは知っていましたが、シチズンも、23年8カ月も動き続ける電池だとは予測して部品を確保していなかったものだったのでしょう。

まさに想定外の寿命も、過ぎたるは及ばざるが如しと思った次第です。

もう一つは、プリンターについてです。

モノクロのレーザープリンターのトナーが無くなりかけたので、インターネットでその消耗品であるトナーカートリッジを高いなと思いながらも注文しようとしたときです。偶然にも本体が旧タイプになったためバーゲンしている店があり、新品の本体と、その消耗部品がほとんど同じ金額で売られている事を知りました。
どっちを買うのもシャクなので、僅かのプラスαで両面印刷、冊子印刷機能の付いた新製品が発売されていることを知り、この新しい機種に買い替えられ、お陰で満足することができました。
以上、
 ジョンレノ・ホツマ
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# by hon-hotsuma | 2011-06-11 09:20 | Comments(0)

今日は昭和の日 

今日は昭和の日       ジョンレノ・ホツマ 2011/4/29

昨日の新聞の社説に東北大地震の被災地に天皇がお見舞いに行かれ、「被災者を励ます温かいお言葉」というタイトルが目につきました。

その中で、「人々の幸せも、不幸も、我がこととして受け止め、考え、実践されている。」羽毛田信吾宮内庁長官の言葉の中に、両陛下の胸中を察することができる。
という記事を読み、ふと、天皇家のはるか昔、天神三代目の「とよくんぬ」神の「ほつまつたえ」の記述を思い出しました。

その記述とは
 あめよりみつの わざをわけ きみとみたみの みくだりの ・・・

と言葉少なく分かりにくいかも知れませんが、この内容は、

「やも」(八面)の世界を嗣いだ天神三代目の神「とよくんぬ」は「あめより」(天の道・法律によって、天命を受けて)、役割を分けて、「きみ」(君、天皇)、「とみ」(大臣)、「たみ」(民、平民、国民)の三つの階級(みくだり)に定めて国を治めました。
と、解釈できます。

「ほつまつたえ」のこの綾を最近読んでいたので、社説の内容とは直接の関連は何もないのに、国としてのこのときの天命が、今の天皇にもこの心が生き続けていると感動しました。

以上
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# by hon-hotsuma | 2011-04-29 13:22 | Comments(0)

書感 二酸化炭素温暖化説の崩壊 広瀬 隆著 集英社新書

e0191707_14212753.jpg                                     2011/4/27
書感 二酸化炭素温暖化説の崩壊 広瀬 隆著 集英社新書           藤田 昇

本書は、2つのテーマからなっており、一つは如何に炭酸ガス説が捏造されてきたデータであったかを調査報告されており、内容も以前読んだものとも重複しているところもありました。

もう一つのテーマは、今、問題になった原子力発電所についての膨大な排熱のことです。

原子炉で生まれた熱エネルギーの1/3は電気になるが、残りは熱となり海に捨てている。海水で水蒸気を冷却して、水に戻している。

言いかえれば、発電量の2倍の熱量を温排水として捨てている。この温排水について、日本全国に54基の原発が4911.2万キロワットの発電量があることから、約1億キロワットの膨大な熱が海水を加熱している事実が隠されている。
原発の温排水は海の中ですぐには拡散されず、ホットスポットという熱の塊となって浮遊する。そのため、大陸棚の生物に膨大な影響を及ぼしている。
原発の発電により、熱量換算で広島に投下された原爆100個分の熱量が毎日発生しているのと同じだと著者は警告している。
別の比較では日本中の一級河川109の全ての量の水を3.1℃上昇させる熱量にも匹敵するとも。
改めて、事の重要性を知りました。

原子力発電を推進し正当化するために、二酸化炭素温暖化説を打ち出して(打ち出さざるを得なかった)本質的な問題点を隠してしまっていることが本書によりわかりました。

著者の指摘されていることが全て事実であるかどうか、確認すべもありませんが、指摘された問題を揉み消すのではなく、データを基にした反論や考察などマスコミも積極的に公表できる世界になればなあと思いました。

昨年発行の本書には、既に原発のメルトダウンの危険性を警告していたのには驚きです。

エコのため良かれと思ってやっていることでも、実は他で破壊を生んでいる事実があることを知るべきであり、エネルギー問題を自然との共生とのなかでもっと真剣に考えるべきと思いました。

以上
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# by hon-hotsuma | 2011-04-27 14:21 | Comments(0)

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