ほつまつたえ
書感 日本発掘!ここまでわかった日本の歴史
日本発掘!ここまでわかった日本の歴史 文化庁編 朝日新聞出版 2015年2月発行
本書は文化庁主催「発掘された日本列島」展20周年を記念し、江戸東京博物館で開催された「えどはくカルチャー」連続講演会「日本発掘! - ここまでわかった日本の歴史」をもとに1冊にまとめたものとあります。7人の著者が、旧石器時代、縄文時代、弥生時代、古墳時代、古代、中世と時代ごとに分けてまとめています。
比較的平易に書かれており、最近になって発見された遺跡や遺物の情報のいくつかは、ホツマツタヱの記述内容を裏付けるものであったり、今後の関連性が見つかる可能性のある記述があったりして、私なりに期待できる一冊です。
考古学は石器の形、組み合わせ、どの地層に埋まっているかで遺跡や遺物を評価しているが、さらに遺伝学では古い骨からDNAを取り出し、データベース化されいずれウェブ上でも公開されるようになれば新たな発見に期待できそうです。
本書の中から私が幾つか興味のあった事例を列記して見ます。
1、ストーンサークルについて
今まで大湯環状列石(秋田県鹿角市十和田)しか、頭に入っていなかったが、他でも、大規模な環状列石が見つかっており、一つ気になったのは岩木山の麓の大森勝山遺跡(青森県弘前市)です。冬至の太陽の沈む位置が岩木山山頂になるように作られているということです。
この位置関係は、後に各地に神社が作られたとき、何か共通する可能性を機会があれば検討して見たいきっかけになりました。
2、縄文土器について
力強さを感じ、いつも不思議な気になります。
3、青銅器の鋳造について
特に気になったのが、吉野ヶ里遺跡跡で銅鐸が出土した事例です。近畿や九州だけでなく、日本の各地で青銅器を鋳造していることが新しく発見され、九州説、畿内説とかいう邪馬台国論争は幕を閉じたと考えるとあり、戦前からの著名な学説が否定されてきていることは喜ばしいことです。
4、土器について
卑弥呼の墓かと言われている奈良県桜井市の纏向遺跡から、東海、山陰、北陸、九州など各地の土器も出土していることから当時の時代認識も新たになってきています。
ホツマツタヱの記述では、纏向遺跡は景行天皇の居られたところで、全国の豪族の娘さん8人をお妃にしており、子供の総勢81人と末裔は広がったとあります。
同じくここも卑弥呼の墓かと言われている箸塚古墳ですが、ここからでてくる土器から瀬戸内海の吉備地方、岡山の倉敷、更には出雲との関係が分かってきて、広範な地域の動きがあったことが分かってきたとあります。箸塚古墳は大物主の妻となった「ももそ姫」が祀られたとホツマツタヱの34綾にあります。大物主は「そさのお」の何代目かの子孫なので、出雲と関係があったことも頷けます。
この二つの事例からも、著者の方々が、ホツマに目を向けてくれれば、あるいは内容を知っていてくれたらと思うことしきりです。
本書の前書きにも、あるように考古学は謎解きの学問とも言われており、まさに発掘内容から謎が解かれつつある現状について述べられています。
少しづつではあっても、発掘の解析が進展してきてホツマツタヱの解読内容との距離が近づいてきているような気がしてきました。
以上
本書は文化庁主催「発掘された日本列島」展20周年を記念し、江戸東京博物館で開催された「えどはくカルチャー」連続講演会「日本発掘! - ここまでわかった日本の歴史」をもとに1冊にまとめたものとあります。7人の著者が、旧石器時代、縄文時代、弥生時代、古墳時代、古代、中世と時代ごとに分けてまとめています。
比較的平易に書かれており、最近になって発見された遺跡や遺物の情報のいくつかは、ホツマツタヱの記述内容を裏付けるものであったり、今後の関連性が見つかる可能性のある記述があったりして、私なりに期待できる一冊です。
考古学は石器の形、組み合わせ、どの地層に埋まっているかで遺跡や遺物を評価しているが、さらに遺伝学では古い骨からDNAを取り出し、データベース化されいずれウェブ上でも公開されるようになれば新たな発見に期待できそうです。
本書の中から私が幾つか興味のあった事例を列記して見ます。
1、ストーンサークルについて
今まで大湯環状列石(秋田県鹿角市十和田)しか、頭に入っていなかったが、他でも、大規模な環状列石が見つかっており、一つ気になったのは岩木山の麓の大森勝山遺跡(青森県弘前市)です。冬至の太陽の沈む位置が岩木山山頂になるように作られているということです。
この位置関係は、後に各地に神社が作られたとき、何か共通する可能性を機会があれば検討して見たいきっかけになりました。
2、縄文土器について
力強さを感じ、いつも不思議な気になります。
3、青銅器の鋳造について
特に気になったのが、吉野ヶ里遺跡跡で銅鐸が出土した事例です。近畿や九州だけでなく、日本の各地で青銅器を鋳造していることが新しく発見され、九州説、畿内説とかいう邪馬台国論争は幕を閉じたと考えるとあり、戦前からの著名な学説が否定されてきていることは喜ばしいことです。
4、土器について
卑弥呼の墓かと言われている奈良県桜井市の纏向遺跡から、東海、山陰、北陸、九州など各地の土器も出土していることから当時の時代認識も新たになってきています。
ホツマツタヱの記述では、纏向遺跡は景行天皇の居られたところで、全国の豪族の娘さん8人をお妃にしており、子供の総勢81人と末裔は広がったとあります。
同じくここも卑弥呼の墓かと言われている箸塚古墳ですが、ここからでてくる土器から瀬戸内海の吉備地方、岡山の倉敷、更には出雲との関係が分かってきて、広範な地域の動きがあったことが分かってきたとあります。箸塚古墳は大物主の妻となった「ももそ姫」が祀られたとホツマツタヱの34綾にあります。大物主は「そさのお」の何代目かの子孫なので、出雲と関係があったことも頷けます。
この二つの事例からも、著者の方々が、ホツマに目を向けてくれれば、あるいは内容を知っていてくれたらと思うことしきりです。
本書の前書きにも、あるように考古学は謎解きの学問とも言われており、まさに発掘内容から謎が解かれつつある現状について述べられています。
少しづつではあっても、発掘の解析が進展してきてホツマツタヱの解読内容との距離が近づいてきているような気がしてきました。
以上
by hon-hotsuma
| 2015-04-17 08:33
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