ほつまつたえ


Hotsuma tsutae feelings
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相撲の起源をホツマツタヱの記述の中より

ホツマツタヱ・エッセイ

相撲の起源について

ホツマツタヱに相撲の起源となった記述があります。ホツマツタヱ35綾の後半に出てきます。

25行の57調のうたで記されています。時代は垂仁天皇の代になります。


あるとみきみに

もふさくは たまえくえはや

おゝちから

       ちかねをのばし

つのをさく かなゆみつくり

とこかたり

       これをふみはる

わがちから よにくらべんと

もとむれど なくてまかるや

ひたなげく

        きみもろにとふ

くえはやに くらぶるちから

あらんおや

       もふさくのみの

すくねなり ながおいちして

これをめす

       のみのすくねも

よろこびて あすくらべんと

みことのり ちからくらぶる

かみののり 

        すまゐのさとに

はにわなし

         たまえはきより

のみはつに あいたちふめは

のみつよく くえはやがわき

ふみてまた こしふみころす


ときにきみ うちはをあげて

どよませば とみもよろこび

くえはやが かなゆみおよび

たえまくに のみにたまわり

いえはつま つぎなしのみは

ゆみとりぞこれ

注釈


ある臣が君(垂仁天皇)に申されました。

「たまえくえはや」という非常に大きな力持ちがいます。

 鉄(ちかね)を引き伸ばし、牛の角をへし折り、

鉄の弓も曲げて作る力持ちだと、ところ構わず吹聴しています。

この鉄棒を撓めて弓を張ることができる俺の力を、

この世で力くらべをしたいが誰もいない。

俺はこのまま死んでいくのかとひたすら嘆いているとのことです。

君(垂仁天皇)は臣に誰か「(たまえ)くえはや」と比べる力持ちはいないのかと問いました。

すると、臣の一人が「のみのすくね」という者がいると進言しました。

 早速、「ながおいち」という臣に「のみのすくね」を呼び寄せるよう令しました。

「のみのすくね」もこれを聞いて喜びました。

明日、力くらべをやろうと詔が出ました。

「すもう」の土俵を宮中の外に作りました。

(江戸時代まで相撲、角力を「すまい」と言っていたようです。

土・埴(はに)を固めて作った事から今の土俵の元になっている)

「たまえ(くえはや)」は東(き)より、「のみ(のすくね)」は西(つ)から登場して、

お互いに(あい)立ち会って、しこを踏んで力を誇示した。

「のみ(のすくね)」は強く、「(たまえ)くえはや」の腋を踏み倒して、更に、腰を踏んづけて殺してしまいました。

勝負あったそのとき、君(垂仁天皇)はうちわを挙げてどよませました。

(軍配の始まり)周りの臣たちもよろこびました。

「(たまえ)くえはや」の作った金弓と「たまえ(くえはや)」の領土を

「のみ(のすくね)」に与えました。

しかし、「たまえくえはや」の家は「たまえくえはや」の妻に残しました。

「たまえくえはや」には世継ぎの子供がいませんでした。

「のみ(のすくね)」には、「ゆみとり」の勇士を与えました。


現在の相撲の弓取り式や軍配などに引き継がれている不思議さを感じます。

力士が東からと西から登場していたことも、土俵が作られていたこともわかりました。

以上

ジョンレノ・ホツマ




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by hon-hotsuma | 2018-01-20 15:27

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